北ラオス自転車旅 エピローグ
- 5月4日
- 読了時間: 3分
昨日、ノーンキヤウからルアンプラバンまで140km走って、今回の自転車旅を終えた。明日にはバンコクへと向かう。
改めて今回のルートを振り返ってみると…

結局、ノーンキヤウの居心地が良すぎてムアン・ゴーイに向かわなかったが、ほぼ計画通りに進めた。トータル562.5km, 6963mD+の行程で、9日間の日程のうち自転車に乗ったは5日間だった。
フアイサーイ~ルアンナムターは、田舎過ぎてホテルも食堂もほぼなくとっても大変だったけど、一番ラオスらしいエリアだったなあと振り返って思う。
ルアンナムター~ウドムサイ~ノーンキヤウは、トラックが舞い上げる砂ぼこりもうもうと立つ山岳地帯でほぼ修行。中国のトラックがとても多くて、経済的合法的支配が進んでいるのを感じた。
ラオスには一年ほど前からぼんやりと行きたいと思っていた。腰が重かった理由として、情報を集めようとしても不確定な情報ばかりでなかなか安心感を得られるようなものに出会わなかったことが挙げられる。ただ行ってみて分かったけど、そもそも情報発信するようなものがこれといって特にないし、昨日あったものが今日なくなってしまうという、まだまだ不確実性の真っただ中にある国であるのだから仕方ない。
でもこの国の財産は、子どもたちの人懐っこさと笑顔だ。生きるのは厳しいこともあるだろうけど、僕らが置き忘れてしまったささやかな幸せを今なおとても大切にして生きているように感じた。
ラオスもスマホの普及による情報化の波がすごい。恐らく、知ることによって不幸を感じる人はこれからますます増えていくことだろう。けれどもそうなってしまう前に僕はこの国の人たちに触れることができてとても幸運だった。ラオスからラオスらしさがなくなってしまう前に、ぜひ訪れることをおススメします。
そんなラオスだけれども、とっても珍しい喧嘩のシーンに市場で遭遇したのでご紹介。
さて、そんなややハードな旅に耐えてくれた自分の身体にも感謝を申し上げたい。僕はトライアスロンの大会に出るのが好きで、割と普段からトレーニングをしている。

そのおかげで、体力的な不安はまるで感じない旅となった。アントニオ猪木は言った。「元気があれば何でもできる!」全くその通りだなと思う。元気の源はやはり体力で、普段から運動しといて本当によかったなと思った。これをモチベーションにして、これからも続けたいと思う。
今回の旅を通じて日本に帰っても忘れないようにしたいなと思ったことは「足るを知る」ということである。僕の日本での生活や環境は十分に幸せだ。比較せず求めすぎず感謝をしてこれから過ごしていけたらいいなと思った。

さよならラオス、また会う日まで!

追伸①:
預けた輪行箱は、約束の日に例のあんちゃんがちゃんと空港に持ってきてくれていた。

追伸②:
バンコクでソイカウボーイのライブハウスに初めて行きました。とっても楽しいんですね。

総移動距離:562.5km, 6963mD+
おわり

ラオスは30年ほど前に行ったことがあり、ビエンチャンのレストランで店員が鬼ごっこを始めるなど、素朴かつ純朴かつ正直な人が多い、好印象でしたが、今でもそうなんですね。